人工妊娠中絶
この点、興味深いのは、アメリカにおいて、「人工妊娠中絶」が、何十年にもわたって、論争となっていることである。 この問題については、日本は、完全に法律問題として対処している。 中絶を合法とすることで。 だから、日本人の感覚からすると、なんで、あの、なんでもスピーディに意思決定しているアメリカが、「人工妊娠中絶」について、何十年にもわたって、意思を鮮明にできないのか、理解できない。 しかし、これは政策論争ではないのだ。これは、宗教論争なのだ。 宗教論争だから、「多数決」というような、便宜的な、法律的な処理が不可能だ。 法律は変えることができても、宗教的な判断は、変えることが出来ないのだ。 法律は、この点、まことに、ゆるやかである。 一定の形式さえ満たせば、どんな変更でも可能である。 なにしろ、明治憲法から昭和憲法に変更し、国家体制そのものを根本的に変えてしまうことすら可能である(←あらそいはあるが)。 ある意味、これは、まことに、節操のないことだ。 いくらでも自己否定できる、というのは、人間であれば信念がなく、ふらふら場当たり的なことをしているようにも思える。 しかし、わたしは、法律は自己否定が簡単にできて、変更ができるからこそ、すばらしいと思うのだ。- 次のページへ:消費者金融の業績の見通し
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